FXの知識 介護福祉士で1型糖尿病のレビューとつぶやき帳-海外小説(翻訳)-
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2011年12月09日(Fri)

ロコス亭 奇人たちの情景/フェリペ・アルファウ/翻訳:青木淳子/創元ライブラリ

カテゴリー:海外小説(翻訳)記事編集

図書館にて。
またまた、推理ものではないもの。

いえ、図書館に行ったときには、なにか軽い推理モノでも、と思いながら、翻訳小説の文庫の棚の前であれこれ物色していたんです。

が。
まず、タイトルが面白そうだ、というので手に取りました。
裏表紙のあらすじ紹介で、なるほど文学か、図書館で借りるのは久々なんじゃないかな、なんてことを思って、わりと時間がないのと、若い頃に比べて文章をゆっくり読むようになったのとで、一度は躊躇したのですが、「読者を現実と虚構の狭間に誘う」というのに惹かれて、結局、借りました。

90年前に書かれた小説とのことですが、特に時代背景が重要な感じではないこと、スペインが舞台であり、あたしにスペインの知識がないことも手伝ってか、最近書かれたものだと言われれば、最近の作家が自身の腕を試す実験作を書いたのかな、と思うような話。

短篇集というのとも違い、しかし同じ名前を持つ登場人物が出てくるとはいっても、連作ともまた違う、といった作品集。
タイトルになっているロコス亭は、トレドにあり、三文小説家がモデルになる人物を探しに来る店、なのですが、それはモデルになりそうな人物を観察する、というのとは違って、例えば天才作家の小説のモデルとなったのに、時代の流れで無用になった人、といった、まさに作中の人物に行き会うための店、なのです。
そこからして風変わりな空気を発していますが、その後さらに、同じ名前を持った人物が、割りと似た様子ではありながら違った役割で、違う物語に登場する話が続きます。
パラレルワールド的なのか、といえば、そうなのかもしれませんが、作者はすべての世界を把握しているし、作者として原稿を書いていたり、登場人物になってもいるので、パラレルとも違うのでしょうか。
作者の註釈が、作品は虚構なのだということを際立たせたり、まるで実際のことであるかのような感触にしたりで、挟まれます。

解説の方も書いてらっしゃいますが、深く考える必要はない、のだと思います。
物語として楽しめます。

あたしは、「作中人物」「財布」「ネクロフィル」が面白かったです。
短く綺麗にまとまっている印象。
「作中人物」は、全体的に美しく、そうして作品世界の線の曖昧さのようなものがまた、美しいです。
「財布」は、まるで落語家なんかみたいだな、という話。
「ネクロフィル」は、実際、生きるとか死ぬとかって、そんな具合かもね、と思わされました。

これはいちいち感想を書くよりも、ちょっと不思議な感触のはなしが好きで、はなしというものには起承転結がなければいけません、とは思っていない人だったら、どうぞ読んでみてください、って本なのだと思います。

解説に書かれている、筆者が九十過ぎて老人ホームで受けたインタビューが、コレまた面白かった。
あまり知り合いにはなりたくないものの、パンキッシュな老人で、ああ、だから大昔にこういう話を書いたのだな、というような。

久々に読んだ文芸ものが面白かったので、とってもウキウキした気分。



ロコス亭 (奇人たちの情景) (創元ライブラリ)ロコス亭 (奇人たちの情景) (創元ライブラリ)
(2011/06/29)
フェリぺ・アルファウ

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2010年02月14日(Sun)

シャーロック・ホームズの最後の解決/マイケル・シェイボン/新潮文庫

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お久しぶりに読書をしようというので、本屋をふらついている時に見つけたホームズ御大のパスティーシュから。
あたしにとってシャーロック・ホームズ氏は、子供向けに翻訳されたものと小学校2年生の時に出会って以来、多多問題はあるものの理想の人物であり、大好きな人物なのです。

きのう、夜勤の暇時間に読み始めたのですが、以前にも書いたように集中力の加減に少々問題があるのでなんとなく落ち着かぬままに1/3ぐらいまで読み進めましたが、落ち着かなかったのでさっき風呂によく温まりながら、今度は集中し通して読了しました。
思うにこの、集中力の妙な加減のせいで、読書は好きだけれども学生時代や短時間バイトやパートをしていた時期以来、なかなか読書が出来ない原因なのでしょうが、この本は中編の中でも短いほう、という程度の分量でもあり、久々に本を一気に集中し続けて読む快感を味わいました。

89歳になった養蜂家として暮らすホームズ氏が、ナチスの迫害を逃れて難民としてイギリスへ渡ってきたユダヤ人の少年とそのペットであるオウムと出会ったことで事件とも出会い、少年のために解決をしようと腰を上げる物語。
オウムは不思議な数字を繰り返し話し、少年は失語症に陥っており、オウムの話す数字を何らかの暗号と考えているやからも現れて、というようなお話。

老人の悲哀、ホームズであるからこその悲哀といったものや、かつてのロンドンから様変わりしたロンドンを見たホームズの、ホームズであってもなお老人であるからこその錯覚からは逃れ得ないのだというような描写、少年へ向ける不器用な愛情、少年が身を寄せる下宿屋の主である司祭はインド人であるがゆえに差別を受けており、これまた中年の悲哀を醸し出し、下宿屋の人間模様は司祭の妻に不謹慎な妄想を持たせ、二人のあいだの一人息子は不良息子。

短いお話の中に、簡潔に、色々なものが詰め込まれているのはやはり、作者が数々の賞を受賞している実力者だからなのだろうか?
文学、SF、ミステリーを巧みに混ぜ合わせるのが作者の得意技なのだと、解説にもありましたが、ちょっとした中間小説よりもより文学的にかんじられる要素も、エンターテイメントとして楽しめる要素も、うまく混ざり合った作品だったと思います。
事件に関しては、それほど精彩のある働きをするわけではないんです、老ホームズ。
それでもぐいぐいと読ませてくれました。

ホームズの老いに関しては、仕事柄身近に沢山の89歳前後の人々が沢山いるので、それでも尚想像の域を出ない身体のしんどさを、きっと昔よりもリアルに感じられたのではないかと思いながら読んでいました。
ホームズでさえも老いという現象には蝕まれていくしかなく、というあたりや、老ホームズが爽やかに悟る、解決とはならなかったあることへの考えなんかは、文学的なのかもしれません。
不意に現れる意外な存在の独白も、これはある意味文学的なのかしら。



シャーロック・ホームズ最後の解決 (新潮文庫)シャーロック・ホームズ最後の解決 (新潮文庫)
(2010/01/28)
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2010年01月29日(Fri)

サリンジャー氏逝去

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朝、友人へ誕生日おめでとうのメールを送ろうと携帯を開くと、「サリンジャーさん死去」と伝えるニューステロップが目に入った。
91歳だったそうだ。

最初に読んだのは、有名な『ライ麦畑でつかまえて』ではなかった。
確か『ナイン・ストーリーズ』だったように思う。
しかし興味を持ったきっかけは、『ライ麦畑でつかまえて』だった。
高校生だった当時、好きなアメリカのロックスターと『ライ麦』の主人公であるホールデン・コールフィールドのイメージがかぶる、という文面を、洋楽雑誌のはがきコーナーで見かけたことで、では読んでみようか、と思ったのだが、生憎と図書館では貸し出し中で、『ナイン・ストーリーズ』を手に取ったのだ。

『ナイン・ストーリーズ』の一話目、「バナナフィッシュにうってつけの日」でまず衝撃を受けた。
何気ないような話の最後に唐突に訪れる青年の自殺。
自殺、というラストが衝撃、というのではなく、全くそんな予兆のない物語の最後に彼が死んでしまうことに、あまり違和感を感じなかった点が、衝撃的だった。

続く物語たちにも、どこか危ういような、どこかすでに傷ついているような人々が出て来て、しかしわりと淡々とした日常がつづられる。それでいて、どれも不思議なほど心に響いてくる。
その空気は少し悲しいのだけれども、読みながら肌に直接感じられるかのように思えた。

すぐに『フラニーとゾーイ』という、こちらは「フラニー」「ゾーイ」の二編を一緒にしたものを読んだ。
どこが心に響いて、というのは良く分らなかったのだけれども、涙が出た。
本を読んで泣く、どころか、映画やテレビでもめったに泣くことのないあたしなので、泣いたことに驚いたけれども、本を読んで気持ちが救われたような心地になった。
ちなみにこの話の二人は、「バナナフィッシュにうってつけの日」で自殺をしたシーモア・グラースの弟と妹だ。
サリンジャーはこの家族についての連作を残していてグラース・サーガと呼ばれているのだが、それはさておいて、この二冊を読んでやっと、図書館にも『ライ麦』が返却されてきていたが、その時にはすでに、本屋で購入をしていた。

『ライ麦』は、あたしの中ではサリンジャーの一番だとは思わないけれども、世の中の本の全ての中であたしのベストテンでは3位以内には常に入る、と思う。
最初に読むきっかけとなっていたロックスターとホールデンは、印象は確かに似ているのかもしれないけれども、全く違うのだと思い、ホールデンでありたい、と願いさえした。

これは多分、放校になった男の子が精神病院へ入るまで、というように書くと、なにやらおおごとが展開するようであるけれども、内容的にはこれという大きな出来事が起こったという印象のない話であり、ホールデンの一人称で語られる世間へのまなざしへの共感が、物語の軸だからなのかもしれないけれども、ライ麦畑で遊ぶ子供たちが崖から落ちないようにキャッチする人になるのだと言い、妹のフィービーの楽しげな様子に救われるホールデンは、あたしのなりたい人だな、と思った。
印象的なそれらの場面以外にも、ホールデンの何気ない出来事への感想に共感した。
背伸びして生意気ではあっても、誠実であろうとするホールデンになりたいと思った。

最終的に精神病院へ入れられてしまうのだから憧れるべきではない少年ではあるのだろう。
すでに高校生だったあたしは、すぐに大人になって、ホールデンのようでありたいと願ったところで、ホールデンのようには生きられないのだということも分っていたから、余計に憧れた。

思えば、あたしが『ライ麦』をサリンジャーの一番だと言わないのは、『フラニーとゾーイ』で受けた救われたような気持ちの強烈さのせいもあるけれども、ケネディやレノンの死に関わってしまったせいで、変なミソが付いたかのようになってしまったことで、そこまでホールデンに憧れているクセに、1番だとは言いづらいのかもしれない、とはずっと思っている。

偉い人や有名人を殺害することでホールデンに成り得た、と思ったのだとしたら、犯人たちはあまりにも、ホールデンを穢している。
そんな表面上の分りやすい象徴を憎むことではない、もっと違う苛立ちがホールデンの中の孤独だったのだと思う。
ホールデンになるということはつまり、大人の世界に順応しきれぬままではあっても、順応することは覚えていかざるを得ないこと、なのだと思う。
だから精神病院へホールデンは入ったのだ。
だから医者に勉強をがんばるかと聞かれた時に、言うだけならばいくらでも頑張るって言うけれど、やってみなきゃ分からない、と思うのだ。
ホールデンである、ということはきっと、実社会で生きていくことの難しい存在になることであろうし、彼を生み出したサリンジャーが長年の隠遁生活を選んだのも、分るような気がする。

サリンジャーさんのご冥福をお祈りします。


ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)
(1984/05)
J.D.サリンジャー

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